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いのべ航太 コラム

「北陸一の地域を目指して」

いのべ航太

北陸新幹線01.jpg北陸新幹線の開業で、石川や富山が連日全国のテレビで取り上げられています。多くの旅館やホテルが満室になるなど、開業特需も相当なものです。福井県も恩恵に浴したいところですが、どうしても分は悪いようです。
 敦賀までの延伸は2022年度が予定されています。これからの7年間、県は地域力を向上させて石川・富山との地域格差の縮小に取り組む必要があります。全国からの投資が集まっている金沢市、富山市に対抗していくには、ハードやインフラ整備がメインの開発型モデルでは太刀打ちできません。したがって、頭を絞って知恵で臨まなくてはなりませんが、特に①観光誘客の拡大、②産業基盤の強化、③まちの魅力向上、の3分野に力を入れていくべきではないでしょうか。

観光誘客の拡大

福井には、若かりしころのスティーブン・ジョブスも憧れた永平寺、世界に誇る恐竜博物館、そして全国に6つしかない国の三重指定を受けている朝倉氏遺跡をはじめとして、歴史的史跡や豊富な自然遺産がたくさん存在しています。しかし、その魅力が十分に情報発信されているとは言えません。広報機能を強化して、北陸を訪れる方に福井を選んでいただく、戦略的なPRを行う必要があります。また、増加する外国人観光客を迎え入れる環境整備も欠かせません。

産業基盤の強化

福井県は、中京圏、関西圏からみて、北陸のゲートウェイにあたる立地的優位性を持っています。また、伝統産業はもとより最先端の技術が集積している潜在力豊かな地域です。しかし、その強みを十分に活かすことができず、北陸で経済的なリーダーシップをとるには至っていません。
福井企業はすでに大競争時代に晒されています。1)果敢に新領域に挑戦する企業を支援する、2)企業誘致に向けてトップセールスを行う、3)リクルートセンターを主要都市に設けて、優秀な人材を県内企業に確保する、などの政策を実施し、福井経済の基盤強化を支援する必要に迫られています。

まちの魅力向上

まちの魅力とは、私たち県民そのものです。『デフレの正体』『里山資本主義』の著者で、日本総合研究所の藻谷浩介氏は、まちの魅力とは「そこで暮らす人や、働く人の姿と笑顔が見えること」とおっしゃっています。したがって、まちの魅力向上には観光施設の整備だけでなく、私たち県民の参加が欠かせません。福井経済同友会が提唱した「観光おもてなし市民運動推進会議」では「観光おもてなし体験だより」を観光客から募集して表彰をしていますが、応募作品には「旅館の従業員の方が、駐車場まで出てきて待っていてくれた」、「夜遅くベビーカーを押していると、駅員さんがタクシーに乗り込むまで手伝ってくれた」などの声が寄せられています。このようにホスピタリティー豊かな福井の県民性は、まちの魅力そのものです。「おもてなし力」の向上にむけて、これからも前向きに取り組んで行きたいものです。

 これらの取り組みは、ハードやインフラを整備すればよいという20世紀型の地域活性化モデルではなく、ソフトや情報発信の強化によって地域活性化を進める21世紀型のモデルに沿ったものです。福井はこれからの10年に福井駅西口再開発ビルの完成、福井しあわせ国体の開催、北陸新幹線の開業、中部縦貫自動車道の開通など、大型の事業が次々とやってきます。このチャンスを活かすために、私たちは20世紀的思考から脱却し、「情報発信力」、「果敢に挑戦する企業文化」、「おもてなし力」、を駆使して地域力を高めていくべきです。福井が北陸で一番の地域になるように、今すぐ行動をはじめようではありませんか。

<おわり>

写真wikipedia

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「福井県の輝く未来のために」

いのべ航太

北陸トンネル01.jpg「航太くん、これが北陸トンネルだよ。」急行くずりゅう号の窓にしがみつくようにしている5才の私の背中から、父の声がします。当時、父の仕事の関係で東京に住んでいたため、年末の帰省道中でのことです。

「ずいぶんながいトンネルなんだね」と答えて、10分近くたってトンネルを抜けると、今庄付近はあたり一面の雪景色。あまりの美しさにおもわず歓声をあげたことを覚えています。

 私は、オイルショックのあった1974年に生まれました。幼いころは、今と違ってテレビゲームもありませんでしたから、学校から帰ると自転車で近くの公園にいって、日が暮れるまで野球をしたり、虫をとったり、魚をとったり、コンクリートジャングルの中で友達と真っ黒になって遊ぶ毎日でした。

 そういう子供でしたから、年に二回の福井への里帰りが最大のイベントです。お盆には九頭竜川での川遊びや、虫取り。まるで冒険小説の主人公になった気分を存分に味わいました。そして、福井で過ごした日々を絵日記にして学校で発表することがとても楽しみだった。ふるさとをもたない友達が、さかんにうらやましがったものです。子供心に、自分のふるさとが福井にあることを、とっても自慢に思っていました。

 一方で、こんなこともありました。私の言葉には福井のアクセントがありましたので、学校の先生によくその発音を直されたのです。しまいには、同級生たちもこぞって指摘するようになりました。大好きな福井のことを否定されているような気がして、子供心に深く傷ついたことをよく覚えています。

 そんな私が政治を意識しだしたのは、中学三年生のころ。日本では、リクルート事件があり政治不信が極まっていたころです。1989年11月10日、ベルリンの壁崩壊。未来永劫つづくと思っていた、共産主義陣営と自由主義陣営による冷戦構造が消え去った瞬間です。歓喜に包まれた市民たちが、ベルリンの壁によじ登って、自由を求めてハンマーを振り下ろしている姿は、とてもまぶしかった。名もない普通の市民であっても、歴史に残る社会変革を起こすことができるんだ、と大感激しました。そのときから、自分も大人になったら、社会をよくする仕事に関わりたいと強く意識をするようになりました。

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幸福度日本一

いのべ航太

福井県ロゴ.gif高校生のころ、ヨーロッパで起こった共産主義国家の崩壊を目の当たりにし、一市民でも社会変革を成し遂げられることに気づきました。私心をすてて社会を良くする為に人生をかけようと、次第に決意は固まっていきました。

 今日の日本の社会は、ものすごいスピードで変化を続けています。暮らしのあらゆることが30年前とは比較にならないくらい便利になり、人々の価値観も大きく変わりました。家に居ながらにして、情報も物もお金も手に入る世の中です。しかし、どこか軽佻浮薄な世の中になったと、違和感を感じている方も多いのではないでしょうか。

 それだからこそ、私たちは人生の原則に戻るべきです。それは人々が助け合い、認め合い、共に栄えようとする人生です。派手な暮らしを求めず、額に汗して正直に働く人が報われる人生です。家族が幸せに、一生不安なく暮らすことのできる人生です。私は10年間の東京でのサラリーマン生活の中で、人生の原則に従って生きることの大切さを強く感じて福井に戻ってきました。仕事を通して、たくさんの得がたい経験もさせていただきましたが、このことを見失っていたために常に満たされない思いが心の中にありました。満員電車に揺られながら、福井で過ごした日々の、良き思い出のことを考えていたのです。思い浮かぶことは、福井の美しい自然や人々の優しい笑顔ばかりでした。福井は私にとって、大切な心の拠り所であり続けてきました。

 その福井には、いくつもの課題があります。これらの課題を解決して、一人一人の活躍の場があり、お互い助け合いながら伸びやかに発展する福井にしたいというのが、私の思いです。そもそも、福井といえば、日本の中でも早くから産業化した地域です。明治三十年(1897年)ごろ、富山から金沢を通って福井に入った横山源之助は「初めて工業地に入」り、「草深かき片田舎より俄かに都会に出でしむ心地」がしたといっています(『福井県の百年』山川出版社)。かつては、繊維業を中心に隆盛を極め、福井の街はおおいに賑わったといいます。また、戦災や震災を乗り越えてきた先輩方の努力に、私たちは大きな誇りを持っています。

 しかしながら、現状の福井はどうでしょうか。いつしか若い人の姿が街から少なくなり、人口減と高齢化は深刻です。長い経済不況のあおりを受けて、産業の空洞化も進んでいます。公共交通の利便性もよくありません。「幸福度日本一」の県というありがたい称号の陰で、悩み苦しんでいる方々も多いのが現実です。

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福井県にとって生き残りをかけた正念場

いのべ航太

北陸新幹線01.jpg「石川県福井市に」してしまわないように
 2015年の3月14日に、北陸新幹線が金沢まで開通します。開通前夜を迎えて、金沢・富山は大変活気付いています。北陸新幹線の年間輸送能力は1,800万席もあるそうです。両都市は、長い年月をかけて新しいビジネス客・観光客の取り込みにむけて着々と準備を進めてきました。金沢駅周辺は再開発がすすみ、国土交通省が発表した公示地価では、三大都市圏を除く商業地で全国トップの上昇率を示しました。金沢市は仙台や広島を抜いて「日本一の地方都市になる」と全国の期待を集めていると聞きます。

 これに対し、福井はどうでしょうか?福井駅前の再開発ビルは着工しましたが、敦賀延伸までの約10年間の戦略が今ひとつ見えてきません。県民の新幹線に対する期待感もとても低いように感じられます。このままでは、金沢の勢いに飲み込まれてしまうのではないか?という危機感を私は強く持っています。福井県の特色を強く打ち出していかないと、地域の魅力が吸い取られ、さらに人口の流出・産業力の低下が加速してしまうと感じるからです。

 国は中心市街地活性化、人口対策など様々な地域振興策を打ち出してきました。しかし、これは北海道から沖縄にいたるまで同じ条件でしか適用されないものです。自治体も国の政策の下請けに徹し、自らの地域の持つ魅力を引き出す努力が足りなかった。その結果、日本各地に金太郎飴のように「ミニ東京」が多く出現することになりました。福井の街づくりも同様です。これでは、本家本元の東京の魅力がどんどん高まり、若い人を中心に人口が集中するのは当たり前ではないでしょうか。2020年の東京オリンピック開催はとても喜ばしいことですが、人も仕事も富も東京に一極集中する傾向を加速させてしまっています。地方はそのことによってますます衰退していくという、ジレンマに苦しんでいます。

 今こそ、徹底的に福井のエゴを押し出して、国に向き合うときです。幸いにして、中京圏、関西圏に近いという利点もあり、敦賀には国際的な港もあります。福井の企業は世界でも十分勝ち抜くことのできる技術力も持っています。勤勉な県民性は、日本一です。十分、金沢や富山に対抗できる条件を持っているのです。ここで福井県は、金沢、富山を通じて東京に臨むのではなく、名古屋・大阪との連携を強めるという独自性をもって、北陸一の地域力を作り上げるというビジョンを持つべきではないでしょうか。

 金沢に飲み込まれてしまうか、輝く福井を作り上げるか。次の10年は福井県にとって生き残りをかけた正念場です。市民も、行政も、産業界も一体となって、一緒に考え行動するプロジェクトを早急に立ち上げていくべきです。